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未知の輪郭

検証・反証系の動画

イエティの「指」は何者だったのか 足跡写真と寺院の頭皮を再検討。

文=cicada 1123

雪に残った、人の足に似た大きな跡。1921年のエベレスト偵察隊が見たその跡は、地元で語られる雪男の話と結び付けられ、やがて「イエティ」の名が世界に広がったという。Decoding the Unknownは探索の歴史を追いながら、残されたものが本当に未知の動物を示すのかを問い直す。

1921年の足跡発見と「忌まわしき雪男」という名の広がりをたどる。

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雪男の名を広めた登山家たちの足跡

ヒマラヤ各地の伝承に登場する姿は一様ではない。暗い毛を持ち、高地の森林にいるという語りもあり、白い毛で雪原を歩く定番の姿とは違うと司会者は指摘する。1832年には尾のない毛深い野人の話が記録され、1925年には写真家が遠方の二足歩行の影と小さな足跡を報告した。だが前者の著者は目撃者の正確さを疑い、後者も姿そのものは撮影できなかったという。

1951年、エリック・シプトンらがメンルン氷河で撮った足跡写真は、探索熱を一気に高めた。1954年には新聞社が大規模な探索隊を送り、寺院にあるイエティの「頭皮」も調べたが、正体は分からなかったという。その後、実業家トム・スリックの隊が足跡や糞、寺院の「指」を集め、エドモンド・ヒラリーの隊も別の「頭皮」を持ち帰って調べた。探索が重なるほど品々は増えたが、生きた個体の確認には至らなかった。

デイリー・メール探索隊が足跡と寺院の頭皮を調べるが、確証は得られない。

「指」と「頭皮」を調べ直すと

転機になるのは、集めた資料の再検討だ。古い鑑定で見解の分かれた「指」は、2011年のDNA検査で人間のものとされた。ヒラリーが借りた「頭皮」は頭皮ではなく、ヒマラヤ・カモシカの皮を縫い合わせた品だったと番組は紹介する。毛皮もクマのものとされ、足跡にはオオカミなどの跡が日光や風で変形したという説明が示される。

記録を読み直すと、初期の探検家たちも一様にイエティを信じていたわけではない。シプトンはラングールの可能性を挙げ、同行者は人間の足の形による違いを考えたという。司会者は骨や遺体、鮮明な現代映像がない点にも触れ、伝承と足跡だけで未知の生物を確定することには慎重だ。謎を追う熱気をたどった末、ヒラリーの「魅力的な物語」という言葉を結びに置く。

寺院由来の指がDNA検査で人間のものとされる。

視聴者の反応

  • 「Always here for a new DTU but still really missing the old format. I’m here for Simon’s personality. I miss the tangents!」

    高評価 484

  • 「Bring Back The OG DTU Format.」

    高評価 293

  • 「As I understand it, bigfoots are running the world. They formed a group called the Illuminyeti.」

    高評価 178

  • 「Old format please and thank you」

    高評価 160

  • 「Old format back please」

    高評価 129

この説をたどる

人に似た足跡から始まった探索は、写真、糞、指、頭皮へと広がった。番組が後年の鑑定を重ねると、多くには人間や既知の動物という説明が付く。雪山の伝承は残る一方、紹介された資料だけで未知の動物を確定できるかという問いも残る。

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Decoding the Unknown

動画の見どころ

  1. 1959年のネパール政府によるイエティ探索の許可条件を紹介する。

  2. 1921年の足跡発見と「忌まわしき雪男」という名の広がりをたどる。

  3. シプトンの足跡写真とテンジン・ノルゲイの見立てを紹介する。

  4. デイリー・メール探索隊が足跡と寺院の頭皮を調べるが、確証は得られない。

  5. 寺院由来の指がDNA検査で人間のものとされる。

  6. ヒラリーの足跡解釈では雪の変形と既知の動物が候補になる。

  7. 寺院の頭皮が別の動物の皮とされ、物証を再評価して締める。

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