陰謀論 / オカルト
JFK暗殺とCIA超能力研究を結ぶ「ナイン」とペイン家の人脈。

1977年3月、ジョージ・ド・モーレンシルトは、リー・ハーヴェイ・オズワルドへ接触したのはCIA側の許可があったからだと記者に語ったとされる。その日のうちに議会調査官の名刺を受け取った彼は、寝室で散弾銃創を負って死亡した——動画はこの場面から時間を巻き戻す。
冷戦の超能力研究と「ナイン」
起点は1948年ごろ、ソ連のテレパシー研究を警戒した米情報機関が超能力の兵器化を求めたという話だ。医師アンドリヤ・プハリッチは「人間の脳はラジオのように送受信する」と考え、メイン州の豪邸にファラデーケージを備えた研究施設を設けたと語られる。
その財団には富裕層や政治家、OSSと関係を持つ人物が資金を出し、1952年大晦日の実験では、霊媒D・G・ヴィノードを通じて古代エジプトの九柱神を名乗る「ナイン」が現れたという。プハリッチはのちに米陸軍でESPを高める薬などを研究し、ユリ・ゲラーをSRIへ連れて行き、その実験がCIAのスターゲイト計画へつながった——動画はそう道筋を引く。
ペイン家のガレージへ続く線
もう一方の線は1963年2月、ド・モーレンシルトがルース・ペインとマリーナ・オズワルドを引き合わせたパーティーへ伸びる。動画によれば、マイケル・ペインの母は「ナイン」の降霊会に参加し、継父はプハリッチの研究へ資金を出していた。
ルースは妊娠中のマリーナを自宅へ迎え、オズワルドがテキサス教科書倉庫で職を得るのを助けたとされ、その家のガレージには後に凶器とされたライフルが置かれていた。ただし、ルース本人は60年間、友人を助けただけだという説明を保ち、起訴もされていないと司会は明記する。
消えたミノックスと匿名の通話記録
ウォーレン委員会は10か月の調査を経て、オズワルド単独犯という結論を公表した。ところが動画は、公式物語を支えたルースの証言と通訳、ライフル、写真、就職先がいずれもペイン家を経由した点へ視線を戻す。
なかでも焦点となるのが、警察記録ではフィルム入りのミノックスカメラだった証拠品が、FBIの目録では露出計へ変わったという食い違いだ。ガス・ローズ刑事はカメラを開いてフィルムを確認したと宣誓し、その説明を変えなかったとされる。
さらにFBI文書には、暗殺当日にマイケル・ペインが「責任者が誰か、私たちは知っている」と話したとされる通話記録が残る一方、実際の録音はなく、犯罪関与を証明するものではないとの留保も置かれる。元CIA長官アレン・ダレスがウォーレン委員となり、その元部下で愛人だった女性がマイケルの母と長年親しかったという関係も、調査されなかった接点として重ねられる。
記録と交信譚の境目
終盤、動画自身が線を引き直す。降霊会、財団、寄付者、軍のESP研究には記録がある一方、「ナイン」の宇宙的な交信譚は一人の男性を介した話に依存し、スターゲイト計画も有用な成果がないとして閉鎖されたという。
富裕層や政府関係者の相関だけで陰謀は証明できない。それでも同じ人々が超能力研究、軍の資金、ペイン家、オズワルド、CIAの周囲に繰り返し現れるとき、どこまでを偶然と呼べるのか——それが動画の残す問いだ。
視聴者の反応
「Stop everything , why files is so back」
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「There’s a cat!? 😅 ❤」
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「0:15 There is a cat sneaking up to Assassinate Hecklefish...」
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「The cat should be a regular AJ lol」
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「"The people at the table change, but there's never an empty seat" That's profound」
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この説をたどる
銅で覆われた部屋から始まった線は、軍の研究所、SRI、CIAを通り、やがてダラス郊外の一軒のガレージへ届く。宇宙からの声を外しても、寄付者名簿、政府文書、食い違う証拠品記録は残る。ただし、ルース・ペインら個人の犯罪関与を示すものではなく、動画も相関だけでは陰謀にならないと留保している。最後に残るのは、同じ名前が何度も同じ円の内側へ戻ってくる、その静かな違和感だ。
動画を見る
The Why Files
動画の見どころ
冷戦下の超能力競争を背景に、プハリッチが脳をラジオに見立て、メイン州の豪邸へファラデーケージを造る。
1952年大晦日、霊媒ヴィノードを介して九柱神を名乗る『ナイン』が現れ、9人へ文明変革の使命を告げたとされる。
ユリ・ゲラーがSRIの遮蔽実験で図像を10回連続で描き、その研究がCIAのスターゲイト計画へ発展したと説明される。
ド・モーレンシルトが開いた1963年2月のパーティーで、ルース・ペインとマリーナ・オズワルドが知り合う。
ウォーレン委員会の単独犯結論に対し、証言、写真、凶器、就職先がペイン家を経由したと動画が接点を重ねる。
警察記録のミノックスカメラがFBI目録では露出計へ変わり、後日提出された別のカメラは追跡不能な番号だったとされる。
降霊会や軍研究には記録がある一方、『ナイン』は一人の証言に依存し、相関だけでは陰謀にならないと動画自身が線を引く。
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