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ボドム湖のテントで何が起きたのか 唯一の生存者が45年後に被告席へ立った未解決事件。

1960年6月4日、バイク2台が南フィンランドの田舎道を走っていた。乗っていたのはセッポ・ボイスマンと恋人のアンヤ・トゥーリッキ・マキ、ニルス・グスタフソンと恋人のマイラ・ビョークルンド。マイラの16歳の誕生日が近く、週末に街を離れる口実にはちょうどよかった。
目的地のボドム湖は長さ約3キロ、幅約1キロ。松と白樺に囲まれ、エスポー市に近いわりに人里から離れて感じられる。湖の手前の売店で飲み物を買ったとき、応対した年配の女性は不愛想で、離れた場所でキャンプするようにと勧めた。マイラは湖岸にテントが少ないことにも気付いていた。
それでも4人は南岸の小さな岬に、水辺で木に隠れた場所を見つけ、小さなテントを張る。午前2時、少年2人は酔い、アンヤは眠っていた。北極圏に近いこの土地では夏の夜も日が沈まない。マイラはその白夜の明かりで日記を短く書いた。それが彼女の最後の言葉になった。。
規制線の無い現場
9時間後の朝、地元のエスコ・ヨハンソンが息子2人と湖へ来た。遠目にゴミの山に見えるものがあり、息子たちをその場に留めて一人で近づく。倒れたテントだった。切り裂かれた布に、血のような濃い染みが広がっている。
最初に目に入ったのはニルスだった。裸足で血にまみれ、顔と頭蓋に強い鈍器の跡がある。はみ出していたもう1体はマイラで、骨が折れ、深い刺し傷が多数あり、腰から下は衣服を剥がされていた。テントの中のセッポとアンヤも同じような傷を負っている。4人とも刺され、殴られ、顎を折られ、頭蓋を激しく損傷していた。
捜索中、18歳のニルスがまだ生きていることが分かる。顎の骨折で話せないまま、救急車で運ばれていった。
そして野次馬が集まり始めたのに、警察は規制線を張っていなかった。現場は荒れ、数え切れない法医学的証拠が踏み荒らされるか失われた。
それでも分かったことはある。明らかな凶器は無く、テントは刃物のようなもので切られていた。犯人は外から襲い、4人は逃げようとして力尽きたとみられる。脱出できたのはニルスだけ。少年たちの財布と時計、ニルスの靴、バイクの鍵が消えていたが、バイクは2台とも残っていた。靴は、キャンプ地から約1キロ離れた下草に半ば埋まり、血にまみれて見つかった。
金髪の男
バードウォッチャー2人が、明け方にキャンプ地の近くで背の高い金髪、角張った顎の男を見たと届け出た。午前6時ごろ釣りをしていた14歳の少年も、切り裂かれたテントのそばに立つ金髪の男を遠くから見たという。どちらも遺体が見える距離ではなかった。
地元住民が次々に自分の説を持ち込み、警察は情報に溺れていく。ところが唯一の生存者であるニルスは何も覚えていなかった。回復後の供述に残っていたのは、テントの穴越しに見た暗い影だけだ。
警察は本人の同意を得て催眠をかけ、改めて尋ねた。外から殴られる中でテントから逃れようともがき、抜け出したところで男に顎を蹴られ、骨折して意識を失った。襲撃者は20〜30歳、身長約173センチ、後ろへ撫でつけた金髪、張った顎。14歳の目撃者にも催眠がかけられ、同じ人物像が語られる。似顔絵が作られた。
翌週の葬儀は報道陣が撮影した。後から現像された写真に、参列者の中に身元不明の金髪で顎の張った男が写っていた。
二人の容疑者と、二つのアリバイ
事件の翌々日、ヘルシンキ外科病院に取り乱した金髪の男が運び込まれる。医師は身体的な異常を認めなかった。シャツは赤い染みで汚れていて、本人はペンキだと言った。
男は36歳のドイツ人ハンス・アスマン。経歴を誇張する癖があり、素性は謎だった。アウシュビッツのナチス看守だった、戦後にKGBにスカウトされた——いずれも裏づけの無い自称だ。ただし当夜はヘルシンキで恋人といたと述べ、彼女と家族も裏づけた。当局は彼を外し、赤い染みの付いた服は一度も検査されなかった。。
もう一人は地元の50歳、カール・ギュルストロム。あの売店の持ち主だ。気性が激しくアルコール依存があり、湖岸を自分の庭のように扱って、長年キャンパーと衝突していた。現場から800メートルの場所に住んでいる。似顔絵の男には似ていないが、騒がしい若者へ暴発する人物像には合う。こちらも、妻が当夜ずっと一緒だったと述べ、12歳の娘が裏づけた。
9年後の1969年8月、酔ったギュルストロムは娘と激しく口論になり、家を出た。近所の男と過ごした午後、彼は何年も自分を蝕んできたことを打ち明ける。ボドム湖殺人の犯人は自分だ、と。どうすればいいかと泣きながら尋ねた彼に、隣人は、自首しても刑務所しか未来は無いのだから湖に入ってしまえばいいと答えたという。
その晩、彼が午後6時前に湖で泳いでいるのを見たと息子が知らされる。遺体は殺人現場から3メートルの場所で見つかった。妻は当初、隣人が言葉を取り違えたのだと擁護したが、やがて話を変える。あの夜、夫はソファで寝ていた。夫が怖くて庇わずにいられなかった、と。報道は自殺として扱ったが、警察はそう確認していない。
それでも警察は彼を犯人と考えなかった。告白の目撃者は1人だけで、双方が酔っていた。嫌がらせと残虐な殺害の間には隔たりがある。
45年後の被告席
2000年代初め、法医学の進歩が古い証拠の再検証を促し、それが新たな容疑者を指した。2004年4月、60代前半になり引退して妻と2人の子と暮らしていたニルス・グスタフソンのもとへ警察が来る。アンヤ、マイラ、セッポの殺害容疑だった。
決め手とされたのは、あの血まみれの靴だ。鑑定では、付着していたのは殺害された友人たちの血だけで、ニルス自身の血は含まれていなかった。犯人は靴を履いてテントを襲った、そしてそれはニルス本人だ。検察はそう推論した。当初の「金髪の男」は、催眠下の供述として重視されなくなる。
2005年8月に始まった裁判で、検察は筋書きを描いた。酔って攻撃的になったニルスがマイラと争い、テントから追い出される。なだめようとしたセッポとの喧嘩に敗れ、顎と頭蓋を折られる。午前4時過ぎ、皆が寝たのを確かめてナイフと石を持って戻り、3人を殺して強盗に見せかけ、靴を捨て、恋人の傍らに横たわって発見を待った——。
弁護人は靴の血もマイラの遺体の状態も説明しなかった。逆上して3人を殺した直後の人物が、綿密に現場を整え、遺体の横で意識を失ったふりをして横たわるだろうか。そして検察が見落としたのは、ニルス自身の傷の重さだ。保護されたとき、彼は顎を折り頭蓋を骨折し、話すこともできなかった。その状態で3人を制圧し、1キロ近く歩いて靴を捨てて戻れるのか。加えて、10代のニルスの髪は金髪というよりはっきり茶色だった。
陪審はニルスを無罪とした。彼は不当な勾留についてフィンランド政府を訴え、和解して4万5000ユーロ近い支払いを受けた。その後、彼の無実が改めて疑われることはない。
注目を求めてほのめかし続けたアスマンか、湖を自分の所有物とみなしたギュルストロムか、法廷で証明できなかった激情の犯行か、それとも今も消えたままの誰かか。凶器は、今日にいたるまで見つかっていない。
視聴者の反応
「Honestly Nexpo, I love your long form content. Please don’t think 4 hours of content is “too much” for us. We love every minute of your stuff.」
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「Judging from the level of incompetency of the police the murder weapon was probably 5 feet away from the scene and the blonde man lives 200 yards away.」
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「I'm finnish and i had to do a double take when i saw the notification for this - so glad this case is getting more international recognition」
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「"A blonde man with a square jaw" Using the description, police were able to create a sketch of every man in the country.」
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「Whoever did the illustrations for these, they look gorgeous」
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この説をたどる
最初の手がかりは、切られたテントの綱だった。そこから、消えた鍵と財布、1キロ離れた血まみれの靴、明け方に岸辺で見られた金髪の男、そして葬儀の写真に紛れ込んだ同じ顔へと線が伸びていく。どれも決め手には届かない。9年後の告白は酔った二人の会話の中にしか残らず、45年後の裁判は靴の血という一点に懸けられて崩れた。振り返ると、いちばん多くを失ったのは最初の数時間だ。もし発見の朝に規制線が張られていたら、この事件はどこかで閉じていたのかもしれない。凶器は、今も見つかっていない。
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Nexpo
動画の見どころ
湖の手前の売店で応対した年配の女性は不愛想で、離れた場所でキャンプするよう勧めた。マイラは湖岸に泊まるキャンパーがほとんどいないことにも気付いていたという。
午前2時、白夜の明かりでマイラが日記に記したのは、セッポが釣りに出ていること、少年たちがまだ起きていること。それが彼女の最後の言葉になった。
野次馬が集まり始めたのに警察は規制線を張っておらず、現場は荒れて数え切れない法医学的証拠が踏み荒らされるか失われたという、この事件を決定的にこじらせた場面。
財布と時計、靴、バイクの鍵が消えていたのにバイクは2台とも残されていた。ニルスの靴は約1キロ離れた下草に半ば埋まり、血にまみれて見つかったという。
記憶を失っていたニルスに警察が催眠をかけると、顎を蹴られて意識を失うまでの経過と、20〜30歳・金髪・張った顎という襲撃者像が語られたという。
翌週の葬儀を報道陣が撮影した写真に、参列者のなかへ紛れた身元不明の金髪で顎の張った男が写っていた。当時は誰も気付いていなかったとされる。
9年後、酔ったカール・ギュルストロムが近所の男に「ボドム湖殺人の犯人は自分だ」と告白する。相手は、自首しても刑務所しか未来は無いと答えたという。
靴に付いていたのが友人たちの血だけだった点を検察は犯人の証拠としたが、弁護側は顎と頭蓋を折られた状態で3人を制圧し1キロ歩けたのかと問い返した。
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