未解決事件 / 事件・犯罪
マルタの崖で死んだ17歳と、消えたバックパック 2度目の解剖が見つけたもの。

2016年7月18日の朝、マルタの港にあるレンタサイクル店へ、17歳のドイツ人の少年が入ってきた。壁沿いに山岳自転車が並んでいる。少年は1日分を借り、カウンターにあった折り畳みの地図を広げて、島の中央のカタコンベと西側の断崖に丸を付けた。島を自転車で横断し、田園に点在するローマ時代の遺跡を回るつもりだった。
少年はドイツの小さな町の出身で、留学中の恋人に会うため10日前にマルタへ来ていた。帰国まで数日。残りは一人で島を回ろうと、前夜に港近くのホテルへ移っている。父親と世界中を旅した経験はあったが、本格的な単独行動はこれが初めてだったという。店を出て自転車を押し、背負い直したバックパックの中身を確かめてから、父親へ音声メッセージを送った。これから大きな単独の冒険に出る、一日を通して写真を送る、と。
写真は届かなかった。その夜、600マイル以上離れたクロアチアにいた父親は、息子が電話にも出ないことに気づく。ドイツにいる母親も、マルタにいる恋人も、連絡を受けていなかった。7月22日、少年がドイツ行きの便に乗らなかったことが分かり、母親が行方不明の届け出に向かう。父親は次の便でマルタへ飛んだ。
消えたバックパック、無傷の自転車、刈られたばかりの芝
マルタに着いた父親は、地元警察が既に捜索隊を出していたことを知る。届け出たのは家族ではなく、少年が泊まっていたホテルの従業員で、しかも数日早かった。それなのに警察は、父にも母にも連絡していなかったという。
家族が最後に連絡を受けてから8日後、父親は滞在先のホテルの前で記者会見を開き、情報の提供を呼びかけた。会見を終えて中へ戻る途中、携帯が鳴る。地元警察からだった。
数時間後、父親は遺体安置所の金属の台の前に立っていた。検死官は、遺体が島の西側の崖の下、岩の裂け目で見つかったと説明した。自転車で走っていたのだから、崖から転落したと見るのが自然だという。死後およそ8日。父親へ最後の音声メッセージを送ってから、数時間のうちに死んでいた計算になる。遺体は崖の上からは見えない位置にあったため、捜索隊は最初に見つけられなかった、とも説明された。
そこで父親は、息子がいつも背負っていたバックパックのことを思い出す。携帯も財布も、その中にあったはずだ。息子のバックパックはどこですか。検死官は少し戸惑ってから、そんなものは無かったと答えた。 遺体だけで、ほかには何も見つからなかったという。
1時間後、父親は現場の崖の下に立っていた。黄色い規制線に囲まれた草地がある。見上げる崖は100フィート、30メートルを超える。バックパックは見当たらなかったが、代わりに妙なものが目に入った。息子が借りたとみられる自転車が、近くの茂みに引っかかっている。歩み寄ると、傷ひとつない。もう一つあった。規制線の中の草は、数日以内に刈られたばかりだった。息子が見つかったのは6時間前で、それまで1週間そこに横たわっていたはずだ。その間に誰かが芝を刈って、遺体に気づかないということがあるだろうか。。
ドイツでの2度目の解剖が腹腔に見つけたもの
父親はマルタの捜査を信用しなくなり、遺体をドイツへ運んで2度目の解剖を手配した。1週間後、ハノーファー大学の解剖台に少年の遺体が置かれる。最初の報告書には、崖からの転落と矛盾しない鈍的外傷による死亡とあった。死因そのものに争いはない。担当した医師も、確認作業で終わるだろうと考えていたという。
ところが腹腔を開いた医師は、手を止めた。内臓がすべて無くなっていた。
医師はマルタの検死官に電話をかけ、説明を求めた。返ってきたのは、遺体が屋外に置かれている間に齧歯類に食べられたのだろう、という答えだった。だがドイツの医師は、遺体のどこにも噛み跡を見つけていない。むしろ臓器のあった場所には外科手術のような精密な切開があり、意図的に切り取られたように見えたという。
父親は翌日マルタへ飛んで説明を求めたが、警察も同じ説明を繰り返した。それから10年、死因は崖からの転落による事故死とされたまま、事件は終結している。消えたバックパック、無傷の自転車、刈られたばかりの芝についても、当局は説明していない。2021年、父親は最初の解剖を行った検死官を刑事告訴したが、マルタの検察に退けられた。誰かが何かを知っているはずだ、というのが父親の考えだという。
1996年、パリ郊外の裏庭で開かれたピクニック
もう1件は舞台が変わる。1996年4月21日の昼ごろ、パリから車で1時間ほどの森の中にある家で、一族の恒例のピクニックが開かれていた。着いた女性は、先に来ているはずの婚約者がいないことに気づく。婚約者はその朝、彼女のいとこと薪を集めに行くと言って先に出ていた。だが当のいとこは、今日は一日見ていない、と答えた。
婚約者はそのまま現れなかった。知人に片端から電話をかけると、一人だけ、その朝コーヒーを飲んだという友人がいた。友人によれば、そのとき婚約者は汗をかき、足を落ち着きなく叩き、周囲を気にしていたという。理由は、偶然ある秘密を知ってしまった、としか言わなかった。
パリ警察は森の家と周辺を捜索したが、何も出なかった。裏庭は家具も片付けられた、ただの草地だった。事件性を示す痕跡すら無く、担当の警部は本人が自分の意思で失踪した線も考えたという。1年後、別の刑事が持ち込んだ資料で流れが変わる。アムステルダムで遺体が見つかった別の男性の事件で、その関係者一覧に、行方不明の届け出をしたあの友人の名前があった。
取調室に呼ばれた友人は、警察を避けていた理由をこう言った。4人目の犠牲者になりたくなかった、と。警部が把握していた犠牲者は2人だけだった。
友人が語り始めたのは、3年前にポルトガルの小さな町で殺された男の話だった。1994年の夏、3人の若い殺し屋が雇われ、実行後に互いへ口外しないと誓った。だが一人が罪の意識に耐えられず、友人に打ち明ける。打ち明けられた側が動揺したのは、関わったもう一人が婚約者のいとこだったからだ。
ピクニックの朝、いとこは薪を集めるという名目で車を出した。森には友人2人が待っていて、車から降りたところを取り囲んだ。遺体は家の裏庭へ運ばれ、埋められ、上に毛布が掛けられた。数時間後、一族全員がその上でピクニックをしていた。
2009年、いとこと2人は殺人で有罪となった。ただし犯行からの時間経過を理由に、刑期はそれぞれ8年から10年にとどまっている。アムステルダムで見つかった男性の殺害については誰も起訴されず、こちらは未解決事件として残っている。
視聴者の反応
「The Maltese authorities knew exactly what happened to Mike. He was a victim of organ traffickers.」
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「So the Malta police are involved in harvesting. Good reason to not go there.」
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「So Malta is off my travel bucket list.」
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「As a Maltese citizen, I don't reccomend anyone to visit here.」
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「That first story is ridiculous and unacceptable . The German government should have gotten involved in that.」
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編集部から
2件に共通するのは、公式の説明が現場に残ったものと噛み合わない、という一点だ。マルタの件は事故死として終結し、告訴も退けられているので、いま確かめられるのは動画が並べた細部——消えたバックパック、無傷の自転車、刈られたばかりの芝——のほうになる。
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MrBallen
動画の見どころ
出発直前、少年が父親へ「これから大きな単独の冒険に出る、一日を通して写真を送る」と音声メッセージを送る。これが家族の受け取った最後の連絡になる。
少年が泊まっていたホテルの従業員が家族より数日早く行方不明を届け出ており、地元警察は捜索隊まで出していたのに、父にも母にも連絡していなかったと語られる。
検死官が、遺体は島の西側の崖の下の岩の裂け目で見つかり自転車での転落とみられること、死後およそ8日で崖の上からは見えない位置だったことを説明する。
父親がバックパックの所在を尋ねると、検死官は戸惑ったあと「そんなものは無かった。探したが遺体だけで、ほかには何も見つからなかった」と答える。
崖の下の茂みに引っかかっていたレンタル自転車が、30メートル以上落ちたはずなのに傷ひとつない状態だったことに父親が気づく。
規制線の中の草が数日以内に刈られたばかりで、1週間そこに遺体があったのなら芝を刈った誰かが気づかないはずがない、という疑問が示される。
ドイツでの2度目の解剖で内臓がすべて無くなっており、マルタ側は齧歯類が食べたと説明したが噛み跡は無く、外科手術のような精密な切開があったと語られる。
フランスの事件で、遺体が裏庭に埋められた数時間後に一族全員がその真上でピクニックをしていたことが明かされ、2009年に3人が殺人で有罪となったと伝えられる。
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