歴史の謎 / 都市伝説
『日本中央』の碑から三沢基地まで 青森の五つの謎をつなぐ記録の空白。

約1万5000年前の大平山元遺跡から、かつて京都や博多に並んだという国際貿易港まで――動画は青森を、古い歴史がありながら説明しきれない場所の多い土地として歩き始める。
『日本中央』の三文字は何を指すのか
最初の手がかりは、1949年6月21日に東北町の赤川上流で見つかったという、『日本中央』の石碑だ。語り手は、坂上田村麻呂が矢尻で刻んだとの伝説や、『壺の碑』が新古今和歌集にも残る名高い歌枕だったという話を重ねる。江戸時代には宮城県の別の碑が本物と見なされ、松尾芭蕉まで訪ねたが、のちに刻字年代が合わないとされたという。妙なのは、青森の発見地に「石文」という集落と「坪」という地名があることだ。動画は、平安期の「日本」が東北を指す「日の本」なら、碑文は「日の本の中央」だったのではないかと説を広げる。
十三湊を消したのは津波か、勝者か
話は、13世紀から15世紀に大陸・北方交易で栄えたとされる十三湊へ移る。港が1340年の大津波で一夜に沈んだという有名な筋書きについて、動画は出所の史料が偽書と判定され、津波の痕跡もないとして退ける。一方、遺跡からは中国陶磁器や計画的な都市構造が見つかり、繁栄そのものは確かにうかがえる、と語り手は続ける。そこで浮かぶのが、南朝側の安藤氏が北朝・室町幕府側の南部氏に敗れ、1432年と1442年に港を追われたという経緯だ。勝者が記録を書き換えたのではないかという見立てに、領内で作法を秘伝した「隠し念仏」の話まで加わり、消えた港は秘密の物語へ姿を変える。
キリストの墓から酸性湖のウグイへ
次の舞台は、キリストが日本へ逃れて106歳で生涯を閉じたとの伝説を持つ新郷村だ。研究者の山根キクは迷ヶ平をエデンの園と断言し、酒井勝軍は近くの巨石群を日本のピラミッドの一つと結論づけた、と動画は紹介する。方位石が東西南北を正確に指し、周辺では方位磁針が回るとの証言もあるというから、話はこれだけでは終わらない。恐山の宇曽利湖へ進むと、pH3.5の強酸性水に適応したウグイの固有個体群が登場する。語り手は、生物が住めない水が魚で満ちるエゼキエル書47章を重ね、キリストが最初のウグイを生んだという独自見解まで披露する。
三沢基地の黒い三角形と最後の一本線
現代の空白として置かれるのが、米空軍と航空自衛隊が共同運用する三沢基地だ。姉沼通信所は通信傍受網エシュロンではないか、地下には極秘施設があるのではないか、夜空の黒い三角形は秘密兵器かUFOか――動画は地元の噂を次々と並べる。さらに、その地下から新郷村方面へ極秘の飛行ルートが延びるとの説まで持ち出す。終盤、語り手は碑、港、特殊な自然環境、基地を振り返り、権力者や戦争が残した記録の空白こそ、青森に伝説が入り込む余地を作ったのではないかと結ぶ。
視聴者の反応
「パッと見、コヤッキーさんが2人いると思っちゃった ꉂ🤣𐤔」
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「熊本の山の中にシュメール文字が刻み込まれた岩があったりとか、なんか変だよなぁ。マジでなにか隠されすぎでしょこの国。」
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「とーやさんの青森イベントに沢山人が集まりますように」
高評価 76
「青森にはお釈迦さまのお墓もあるよ そこの地名が青森市の大釈迦っていうところ 大釈迦駅もあるよ」
高評価 69
「青森が日本一の人口を擁していたのは縄文時代だったはず。平安後期には岩手で奥州藤原が栄えまくってたから、いろいろあり得なくはないわね。」
高評価 53
この説をたどる
一つの碑から始まった旅は、消えた港、キリストの墓、酸性湖の魚、そして立ち入りにくい基地へと進む。もし五つの場所を一本の線で結ぶものがあるなら、それは秘密そのものではなく、記録が途切れた場所に物語が育つという青森の風景なのかもしれない――動画が最後に残すのは、そんな余韻だ。
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コヤッキースタジオ
動画の見どころ
1949年に青森で見つかった『日本中央』碑を、坂上田村麻呂の伝説と新古今和歌集の歌枕から読み解く。
十三湊を1340年の津波が沈めたとの説を退け、中国陶磁器と計画都市の遺構から実在した繁栄をたどる。
安藤氏が1432年と1442年に十三湊を追われ、勝者の南部氏が歴史を書き換えた可能性が示される。
新郷村のキリストの墓から、迷ヶ平のエデン伝説と1935年発見とされる大石神ピラミッドへ話が広がる。
pH3.5の宇曽利湖に適応したウグイを、エゼキエル書47章の『魚で満ちる水』へ結び付ける。
五つの現場を振り返り、権力者や戦争が生んだ記録の空白が青森の伝説を育てたとの結論を示す。
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