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秘密結社 / 都市伝説

安倍晴明の末裔はなぜ暦を奪われた? 明治政府とフリーメイソン説

文=林 遼

12月2日の翌日が1月1日になった年

1872年、12月2日の翌日は1月1日になった。旧暦では閏月によって1年が13か月になるため、財政難の明治政府が追加の給与支払いを避け、西洋の12か月制を選んだ――動画はそんな改暦の動機から話を始める。さらに、二十四節気で季節を捉えていた感覚と現代の暦がずれた結果、自律神経の乱れやうつ病の増加につながったという見方まで示す。

暦を握った土御門家の力

では、奪われた暦を誰が管理していたのか。そこで現れるのが安倍晴明の末裔とされる土御門家で、陰陽師は天文、方角、占いを読み、種まきや祭りの日まで決めることで大きな権力を持っていたと説明される。当主の死後に後継争いで組織が弱まると、新政府は華族の地位と引き換えに陰陽道を手放させ、1870年の禁止令で職業としての陰陽師を閉ざしたという筋立てだ。

同じ時期、版籍奉還、廃藩置県、徴兵令、秩禄処分、廃刀令が続き、武士は軍事力、収入、刀という象徴を段階的に失っていく。星と方角から攻め時を読む陰陽師と、実戦を担う武士は古くから一組だったため、土御門家の切り離しは武士道を弱める狙いもあった――これが動画の見立てとなる。

フリーメイソンは何を恐れたのか

ここから物語はフリーメイソンへつながる。天文学と科学を重視し、星と時間を読むことで世界規模の計画を進める彼らにとって、独自の暦を持つ土御門家は日本支配の障害だったのではないか。ペリーの入会記録、横浜のロッジ設立、明治維新、陰陽道禁止、改暦という年代を並べ、資金援助と引き換えに陰陽道排除へ協力した可能性を語り手は押し出す。

刀剣呪術にも話は及び、奈良時代に禁じられた術が天皇家の大祓で密かに継承された可能性や、安倍晴明が960年の火災で霊剣を作ったという伝承が重ねられる。暦、武士、呪術を一つの防衛線と見るなら、明治政府と外国勢力が最初に断とうとしたのが土御門家だったのではないか――動画はその都市伝説へ着地する。

この説をたどる

12月2日の翌日が新年になったという暦の断絶から、視線は暦を握った土御門家、武士の解体、横浜のロッジへ伸びていく。もし暦が単なる日付ではなく、人々の季節感と国家の進路を決める力だったなら、それを奪うことは一族の役目だけでなく、日本の時間そのものを書き換えることになる。動画が描くのは、その空白にフリーメイソンの影が差し込む物語だ。

動画を見る

コヤッキースタジオ

動画の見どころ

  1. 1872年は12月2日の翌日が1月1日となり、明治政府が13か月目の給与負担を避けるため改暦したという説が語られる

  2. 二十四節気を失ったことで季節感と現代の暦がずれ、自律神経の乱れやうつ病増加につながったという見方が示される

  3. 暦と天文を握った土御門家が後継争いで弱まり、新政府から華族の地位と引き換えに陰陽道を手放させられたと説明される

  4. 1870年の禁止令で陰陽師が職業として閉ざされ、改暦への反対一揆には約30万人が参加して軍に鎮圧されたと語られる

  5. ペリーの入会記録と横浜ロッジの設立時期を明治維新・陰陽道禁止・改暦へつなぎ、フリーメイソン資金援助説が提示される

  6. 奈良時代に禁じられた刀剣呪術が天皇家の大祓に残る可能性と、安倍晴明が960年の火災で霊剣を作った伝承が重ねられる

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