事件・犯罪 / 未解決事件
ウルトラ山田事件はなぜ日曜に続いたのか 13歳の少年と借りられた名。

上本町駅のロッカーから始まった脅迫
1974年2月18日の深夜、大阪の近鉄上本町駅でコインロッカーが爆発した——語り手は、この一件をすべての発端として置きます。使われたのは爆竹約1000本を束ね、ドライアイスが溶ける時間を利用して作動させる手製の仕掛けだったとされ、夜遅い時間だったため負傷者はいなかったと説明されます。
ロッカーには近鉄社長宛ての脅迫状があり、5000万円と毎日新聞の広告欄を使った連絡を要求していたといいます。要求額は一度2億円へ上がり、最後は1億円へ下がりましたが、受け渡しをめぐる動きの末に男とその弟が逮捕された、と動画は経緯をたどります。
四つの日曜日とウルトラ山田の署名
ところが、話はそこで終わりません。3月10日に堺市のスーパー、17日に近鉄百貨店阿倍野店、4月7日と14日にも爆発が続き、四件はいずれも日曜日に起きたと語られます。
阿倍野の現場に残された脅迫文は、兄弟の釈放を求め、近鉄百貨店と近鉄電車を攻撃目標にすると告げ、末尾に「ウルトラ山田」と署名していたといいます。金銭を求めた最初の事件とは目的が違って見えるうえ、4月7日の爆発では警官1人が右手の指3本を失い、ほか4人も負傷したという被害の重さが、この名をさらに不穏なものにします。
現場写真に繰り返し写った13歳
捜査を動かしたのは、複数の現場写真に同じ少年が写り込んでいることに気づいた刑事だった、と語り手は説明します。参考人として採取した指紋が天王寺駅の爆発物に残ったものと一致し、補導されたのは堺市に住む当時13歳の中学2年生だったと伝えられます。
動画によれば、四件のうち三件が少年の犯行と認定されました。ただし、少年と釈放を求められた兄弟との接点は確認されず、なぜ日曜日を選んだのかも含め、動機は分からないままだったとされています。
1967年から借りられた名前
さらに「ウルトラ山田」という名は、1967年の神戸大丸デパート爆破事件でも脅迫状に使われ、その事件は未解決事件として残っていると紹介されます。当時6歳だった少年が実行犯とは考えにくいため、過去の名を借りて警察や社会の目を引こうとした可能性がある——これが動画の示す見立てです。
語り手は最後に、犯人が主役、警察やメディアが舞台の登場人物となるような「劇場型犯罪」という考え方を重ねます。日曜日、釈放要求、借りられた署名という三つの手がかりはつながりそうでつながらず、事件は少年の補導後も、理由だけを昭和の大阪に残したと結びます。
視聴者の反応
「いまたっくーロン毛だから、ロン毛バージョンのイラストに変えてみてほしいなー🤤🫶🏻」
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「"たっくーさんこんにちは" " こんばんは" が好きなんだけど…」
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「いつ聞いても東アジア反日武装戦線は事件の規模も被害者数もレベルが違うから本当に恐ろしいな」
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「1974年頃は平日に子供が歩いてると スグ警察が職質してくる 創立記念日だから休みなんだ と答えても どこの学校だ?としつこく聞かれた覚えがある なので 日曜日じゃないのかな?」
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「犯罪は絶対に肯定しないが、少年は母親に脅迫状を代筆させて「どういうこと?何をしようとしているの?」って関心持って欲しかったのかな…と思った…」
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この説をたどる
四つの日曜日を追う視線は、兄弟の釈放要求を経て、1967年の未解決事件から借りられた名へたどり着きます。点を結べば劇場型犯罪という像が浮かびますが、なぜその日を選び、なぜその名でなければならなかったのかという問いは、動画の最後まで残ります。
動画を見る
たっくーTVれいでぃお
動画の見どころ
1974年2月18日深夜、近鉄上本町駅のロッカーで、爆竹約1000本とドライアイスを組み合わせた爆弾が作動したと説明される。
近鉄社長宛ての脅迫状は5000万円と新聞広告での連絡を求め、要求額が2億円、1億円へと変化したと伝えられる。
3月10日から4月14日までの4件がすべて日曜日に起き、兄弟の釈放を求める『ウルトラ山田』の署名が残されたと語られる。
複数の現場写真に同じ少年が写り、爆発物の指紋との一致から、堺市の13歳の中学2年生が補導されたと伝えられる。
少年と兄弟の接点や日曜日を選んだ動機は不明で、『ウルトラ山田』の名は1967年の未解決事件から借りた可能性が示される。
犯人が主役、警察やメディアが舞台の登場人物となる『劇場型犯罪』の構図を重ね、承認欲求という動機の見立てを示す。
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