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未知の輪郭

都市伝説 / 怪談・心霊

飛騨川バス転落事故のあとに残った「濡れた座席」 タクシー幽霊の出発点をたどる。

文=林 遼

昭和43年の飛騨川バス転落事故を扱った前編に続き、この回が追いかけるのは、事故のあとに土地へ残った噂のほうです。乗せた客がいつの間にか消えてしまう——そうした類の話が事故のあとに広く語られるようになったと切り出して、解説役の二人は、この噂がどこから来てどこへ向かうのかを都市伝説としてたどっていきます。

濡れた座席は、事故より前か、あとか

タクシー幽霊と聞いて多くの人が思い浮かべるのは、東京・青山墓地の話でしょう。乗せた女性が目的地で降りたまま戻らず、訪ねてみると家人が娘はもう亡くなっていると告げる——この型は1959年に収録された『日本の幽霊』が元だと言われ、出来事そのものは昭和1桁の頃らしい、と説明されます。関西でこれにあたるのが京都の深泥池で、昭和44年に新聞が取り上げたことで一気に広まったといいます。

ここで語り手が立ち止まるのが、年号の並びです。深泥池の記事が昭和44年なら、その前年に起きた飛騨川バス転落事故の噂のほうが先ではないか、というのが動画の見立てです。事故の直後、地元では亡くなった乗客が帰ろうとしているという噂が広がり、中部地方ではタクシー運転手の体験談がそれ以降の定番の怪談になっていったと語られます。事故現場の付近で乗せた客に名古屋方面へ向かうよう告げられ、気づくと客は消えていて、座席だけがぐっしょり濡れている。青山墓地の話に水の要素はありません。報道された事実と人々の事故の記憶が混ざり合ったところで、二つの話が結びついたのではないか、と動画は続けます。

人力車から自動運転まで、消える乗客

災害の多い土地では、この種の話が事故のあとに絶えることがありません。人は強すぎる感情をそのまま抱え続けられないから物語を作るのだ、と動画は言い、大きな災害や事故が繰り返し映画になってきたことをその例に挙げます。自動車のない時代にも同じ型はあり、明治には人力車が舞台となって乗せた客が消える怪談が残り、江戸の落語にも客が消える演目があったといいます。朧車や輪入道のような乗り物の妖怪にも触れながら、交通への不安、乗り物への憧れ、事故の悲しみを乗せて走る移動手段そのものがタクシー幽霊の出発点ではないか、というのが語り手の考えです。

同じ型は海外にもあります。白いドレスの女性を乗せ、墓地で降ろすよう言われるアメリカの「復活のメアリー」などがそれで、こうした話はまとめて消えるヒッチハイカーと呼ばれます。「都市伝説」という言葉自体もその邦訳がきっかけだと言われ、1980年代後半からのオカルト番組全盛期に広まったのだそうです。言葉が入ってきた時点で消える乗客のイメージがすでにセットになっていたから、タクシー幽霊はすんなり受け入れられたのではないか——テレビによって拡散の速度が上がり、各地の似た話が影響し合って型が完成した、と動画は整理します。運転席にセンサーとAIが載った現在も、誰もいないはずの墓地で車内モニターに人影が映るという話題があり、墓地でゴーストハントをするオーナーもいるらしい、と最新の例が添えられます。

語り手自身が、通るはずだった道

後半、話し手が交代します。事故が起きた昭和43年8月17日、語り手の家族は現場より上流の村に帰省していて、その夜に名古屋方面へ同じ国道を通る予定だった。父は豪雨を承知で出発するつもりでしたが、幼かった語り手が急に熱を出し、母の反対で23時過ぎにようやく取りやめたといいます。携帯電話もなく、無理にでも帰らなければならないと考える時代だった。あのバスの運転士たちも同じ状況だったのではないか、と語り手は続けます。

この土地との縁はそれだけではありません。タクシー幽霊の話も、運転手だったという村の年配者から直接聞いたもので、真偽は分からないけれど、広まった噂話ではなく発生源に近い体験談だったはずだと語られます。祖父は旧国鉄の駅員で、事故当日は現場にいなかったものの、その後の復旧作業に加わり、ここでは話せないような生々しいことも聞かされたといいます。そしてバイパス工事が進めば、事故の慰霊碑が人々の目に触れる機会は確実に減っていく。この動画がその代わりになればいい、という言葉で締めくくられます。

視聴者の反応

  • みんなは、「あわやっ!」って体験はあるかな?最近・・交通事故(もらい事故)に巻き込まれた身としては、避けようがな事ってあるんだなと感じています・・・。

編集部から

噂の出どころをたどる回ですが、最後に残るのは、あの夜に同じ道を通るはずだった一家の話です。事故そのものを扱った前編と併せて見ると、この噂がどの土地の記憶から立ち上がったのかが見えやすくなります。語られる体験談はいずれも伝聞で、当時の記録による裏づけまでは示されていません。

動画を見る

不思議な黒猫紳士のオカるーと

動画の見どころ

  1. 深泥池の怪談が新聞に載ったのは昭和44年で、その前年に起きた飛騨川バス転落事故の噂のほうが「座席が濡れている」話としては先だ、と年号の並びから指摘される。

  2. 事故のあと地元に「亡くなった乗客が帰ろうとしている」という噂が広がり、現場付近で乗せた客が名古屋方面へ向かうよう告げて消え、座席が濡れているという型が中部地方の定番になったと語られる。

  3. 青山墓地の話に水の要素はなく、報道された事実と人々の事故の記憶が混ざり合ったところで、それまで別だった怪談と「濡れた座席」が結びついたという見立てが示される。

  4. 災害の多い日本では事故のあとにこの種の話が絶えず、人は強すぎる感情を抱え続けられないから物語を作るのだと語られ、タイタニック号の映画化がその例に挙がる。

  5. 明治の人力車、江戸の落語、朧車や輪入道といった乗り物の妖怪をたどり、交通への不安や事故の悲しみを乗せて走る移動手段こそがタクシー幽霊の出発点だという考えが述べられる。

  6. 海外の類話が「消えるヒッチハイカー」と総称され、「都市伝説」という言葉自体もその邦訳がきっかけで、1980年代後半のオカルト番組全盛期に広まったと言われる、と説明される。

  7. 自動運転の時代に幽霊はどうなるのかという問いから、テスラの車内モニターに誰もいないはずの墓地で人影が映る現象が話題で、墓地でゴーストハントをするオーナーもいるらしいと紹介される。

  8. 語り手自身が、事故の夜に家族で同じ国道を名古屋方面へ通る予定だったこと、幼い自分が急に熱を出し母の反対で23時過ぎに取りやめたことを明かす。

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