本文へスキップ
未知の輪郭

熊本地震 / 人工地震

熊本の震度7に流れた「人工地震」 ハープの出力で25年かかると計算した動画。

文=林 遼

七月二十八日の夕方、十六時二十七分。熊本で最大震度7が観測されました。宇城市と氷川町、マグニチュードは7.1です。その夜のうちに、タイムラインには別のものが流れ始めます。「人工地震だ」「ハープの仕業だ」。同じ頃、「阿蘇山が噴火した」という投稿も回りましたが、噴火は起きていません。AIで作られた偽の被害映像やニセの救助要請まで現れ、政府がSNS各社へ対応を要請する事態になったといいます。

笑って流すのは簡単だけれど、今日は本気で調べてみた——語り手はそう切り出します。ゆるやかな会話体で進む検証ですが、最初に置かれた答えは少し意外なものでした。人工地震は、実在します。

「人工地震」は地震学の言葉でもある

地下の様子を調べるとき、わざと小さな揺れを起こして跳ね返りを測る。調査用の発破と呼ばれるその手法は、正真正銘、人の手による地震だと説明されます。もっと大きなものもありました。2017年に北朝鮮が核実験を行ったとき、気象庁は揺れを観測し、その日のうちに「自然の地震ではない可能性」を発表しています。マグニチュード6.1、深さはゼロ。自然の地震なら必ずあるはずの波が、ほとんど見えなかったのだそうです。揺れには指紋のような特徴が残る。爆発による揺れと、断層がずれる揺れでは、波形がまるで違うのだといいます。

人が起こせた記録は、5.8まで

では人間はどこまで大きく揺らせるのか。ここから記録が並べられます。スイスのバーゼルでは、地熱発電の実験で地下に水を注いだところマグニチュード3.4の揺れが起き、計画そのものが中止になりました。アメリカのオクラホマ州では、採掘の廃水を地下に注ぎ続けた結果として地震が急増し、2016年には州の観測史上最大となる5.8が記録されています。

熊本は7.1でした。差は1.3。けれどマグニチュードは1違うとエネルギーが約32倍になるため、7.1と5.8のあいだには約90倍の開きがあるという計算になります。過去最大の核実験でさえ熊本の三十分の一ほどで、人類が本気を出しても届かない、というのが動画の見立てです。

アラスカのアンテナと、25年という数字

それでも「秘密の装置なら可能ではないか」という声は残ります。名前が挙がるのはハープ。アラスカにある実在の研究施設で、180本のアンテナが空へ向けて電波を出しています。調べているのは上空100キロより上、電離層と呼ばれる層です。オーロラの科学であって地面とは離れているのに、「軍の秘密施設が電磁波で地震を起こす」という筋書きの主役として長く語られてきました。

送信出力は3.6メガワット。マグニチュード7.1ぶんのエネルギーをためるには、フル出力で約25年かかるという計算が示されます。しかも電波が向いているのは上で、そもそも電波では地下十数キロの岩盤は割れない。日本地震学会も今年の春、三陸沖の地震のときに同じうわさへ公式に答え、マグニチュード7以上を人為的に起こすのは現実的ではないとしていました。

揺れる理由は、最初から地面にあった

気象庁の解析によれば、今回の地震は「横ずれ断層型」。断層が水平にずれる、教科書どおりの自然地震でした。震源の近くには布田川断層帯と日奈久断層帯という活断層の並びがあり、2016年の熊本地震で動いたのと同じ場所です。「ハープの雲が出ていた」という投稿についても、日本ファクトチェックセンターがすでに検証を終え、誤りと判定していました。

動画が最後に立ち止まるのは、これだけ答えが出ているのに、なぜ毎回出てくるのかという問いのほうです。2011年の東日本大震災、2016年の熊本、2024年の能登半島、今年春の三陸沖、そして今回。文面までよく似た投稿が五回続いています。能登のときには、米軍の空母の耐久試験で海を爆発させる映像が「地震の瞬間」として流用されていたといいます。実在する施設の名前、専門用語らしい言葉、そして「秘密だから確かめられない」という設定。信じさせる作りは毎回同じだ、と語り手は整理します。不安をあおる投稿ほど閲覧が伸びて収益になるため、拡散そのものがお金になる面もあるのだそうです。

そして、笑い話で済まない話になります。2016年の熊本地震のとき、「動物園からライオンが放たれた」という投稿が広がり、地震対応の最中の動物園に100件を超える問い合わせが殺到しました。投稿した人は三か月後、偽計業務妨害の疑いで逮捕されています。災害時のSNSデマによる逮捕は、全国で初めてでした。今回はAIで作られた偽の被害映像や、存在しない住所からの救助要請まで現れ、本物の「助けて」がノイズに埋もれかけたといいます。ウソを見分ける時間そのものが、災害のときにはコストになる。だから拡散の前にひと呼吸を置き、出どころが気象庁や自治体かどうかだけ確かめてほしい——動画はそう呼びかけています。

この説をたどる

同じ断層が、同じ場所で、また動きました。布田川と日奈久という名前は、2016年の熊本地震のときにも並んだものです。揺れる理由がもともと地面にある土地では、秘密の装置を持ち出す隙間がそもそも無い——というのが動画の見立てでした。それでも、うわさのほうは十年をまたいで戻ってきます。実在する施設の名前があり、専門用語らしい言葉があり、そして「秘密だから確かめられない」という設定がある。作りが毎回変わらないということは、この話が土地に根づいた記憶というより、災害のたびに配り直されてきた型に近いのかもしれません。拡散の前にひと呼吸を置き、出どころが気象庁や自治体かどうかだけ確かめる。それが災害のときのいちばんの協力になる、と語り手は静かに付け加えています。

動画を見る

なんでもゆる検証ラボ

動画の見どころ

  1. 7月28日16時27分、熊本で最大震度7、マグニチュードは7.1。その夜のうちにSNSへ「人工地震だ」「ハープの仕業だ」という投稿が流れ始めたと振り返られる。

  2. 「人工地震」は地震学でふつうに使う言葉で、調査用の発破がその一例。2017年の北朝鮮の核実験では、マグニチュード6.1・深さゼロという波形から、気象庁が当日中に「自然の地震ではない可能性」を発表したと説明される。

  3. 人が起こした揺れの記録として、スイス・バーゼルの地熱実験によるマグニチュード3.4と、米オクラホマ州の廃水圧入で2016年に起きた5.8が挙げられ、熊本の7.1とはエネルギーで約90倍の差があると計算される。

  4. ハープはアラスカにある実在の研究施設で、180本のアンテナが上空100キロより上の電離層へ向けて電波を出す。送信出力3.6メガワットでマグニチュード7.1ぶんをためるには約25年かかるという計算が示される。

  5. 電波の向きも出力も足りないとしたうえで、日本地震学会が今年春の三陸沖の地震の際、マグニチュード7以上を人為的に起こすのは現実的ではないと公式に答えていたことが紹介される。

  6. 気象庁の解析では今回の地震は横ずれ断層型で、震源の近くには布田川断層帯と日奈久断層帯という、2016年の熊本地震で動いたのと同じ活断層の並びがあると説明される。

  7. 東日本大震災から今回まで同じうわさが5回続き、能登半島地震のときには米軍空母の耐久試験の映像が「地震の瞬間」として流用されていたなど、信じさせる作りが毎回同じだと整理される。

  8. 2016年の熊本地震で「動物園からライオンが放たれた」という投稿が広がり、動物園に100件を超える問い合わせが殺到。投稿者は3か月後に偽計業務妨害の疑いで逮捕され、災害時のSNSデマでは全国初だったと語られる。

関連テーマ

この記事の誤りにお気づきの場合は 訂正のご連絡をお願いします。